金子みすゞについて

童謡詩人 金子みすゞ

1903年(明治36年)山口県長門市仙崎(当時大津郡仙崎村)生まれ。
本名は金子テル。大正末期から昭和の初めにかけ、雑誌「童話」「赤い鳥」「金の星」に投稿し、「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されながらも、26歳の若さでこの世を去りました。
近年、矢崎節夫氏の努力により埋もれていた遺稿が見つかり、「金子みすゞ全集」(JULA出版局)が出版されました。彼女の詩は、自然の物すべてに対してやさしく、深い思いやりがあり、多くの人々のこころに大きな感動を呼びおこしました。現在では、教科書や副読本にも掲載され、幅広い年代の人たちに愛されています。
2003年には、彼女の生まれ育った長門市仙崎に「金子みすゞ記念館」が完成しました。

金子みすゞ年譜

1903
(明治36年)
4月11日、山口県大津郡仙崎村(今の長門市)に、生まれる。本名テル。
1910
(明治43年)
瀬戸崎尋常小学校入学。
1916
(大正5年)
大津郡立大津高等女学校(今の山口県立大津高等学校)に入学。
1923
(大正12年)
下関の母のもとに移り住み、まもなく上山文英堂商品館内支店で働き始める。
6月初めごろよりペンネーム「みすゞ」で投稿を始め、雑誌『童話』に「お魚」「打出の小槌」、 『婦人倶楽部』に「芝居小屋」、『婦人画報』に「おとむらい」、 『金の星』に「八百屋のお鳩」を発表。『童話』誌上で、選者の西條八十に認められ、 若き投稿詩人たちの憧れの星となる。
1926
(大正15年)
2月に宮本啓喜と結婚。11月に一女をもうける。
1927
(昭和2年)
童謡詩人会に入会。『日本童謡集』(童謡詩人会編)に、女性としてただ一人掲載をされる。下関駅で西條八十に会う。
1928
(昭和3年)
『燭台』に「日の光」を発表。
1929
(昭和4年)
娘ふさえの言葉を採集した『南京玉』を書き始める。
1930
(昭和5年)
2月27日正式離婚。3月10日、上山文英堂内で死去。享年満26歳。

山口県長門市 金子みすゞ記念館公式サイト

王子山からの風景

王子山からの風景

青海島(北長門海岸国定公園)

青海島(北長門海岸国定公園)

金子みすゞ記念館

金子みすゞ記念館

記念館2階のみすゞの部屋

記念館2階のみすゞの部屋